歴史と街かと゜

     東大阪 枚岡、額田地域 ー歴史的な佇まいを残す枚岡ー  
      枚岡神社


 枚岡神社河内国一之宮 枚岡神社

 奈良から生駒山の暗峠を超えて真直ぐに西へ降った古い街道、山麓近くに朱の春日造の社殿が西向に鎮座し、神社の主神は天兒屋根命即ち我国の祭祀の始めを掌り給い、中臣・藤原氏の祖神であり、春日大社の第三殿天兒屋根命と第四殿比賣御神の神は、神護景雲年間(西暦767〜770)に当社から春日神社へ分祀せられた爲、、当社を元春日と呼び習わして来た。因に、当社の第三殿・第四殿の二神は、宝亀九年(778)春日大社から迎えて配祀せられた。神階は次第に昇り、貞観元年(859)には正一位に叙せられ、『延喜式』には名神大社に列した。古くから中臣氏の一族平岡連の斎く社であったが、平安末期から水走家が祀職となり、河内一宮として朝野から篤く祀られた。天喜四年(1056)・宝治元年(1247)・天正二年(1574)と度々火災に遭い、慶長七年(802)豊臣秀頼が社殿を修理した。現社殿は文政九年(1826)氏子の総力を挙げての修造である。社領は百石を有した。明治四年官幣大社に列し、神宮寺等が廃された。本社四殿の他に、本殿背後の神津嶽に摂社神津嶽本宮、本殿南に摂社若宮神社、更に南に末社天神地祇社が祀られ、その南部一帯は「枚岡神社梅林」として春は観梅の人達で賑わう。
 本殿は中門、透塀で囲まれた神域に面して、一間社春日造り桧皮葺き四棟が並ぶ。祭~は、南から二殿(比売神)一殿(天児屋根命)三殿(経津主命)四殿(武甕槌命)。現在の本殿は文政9年(1826)近郷の氏子によって建て替えられている。主神の一殿、二殿は北側の2殿と異なり、古材を多く残しており、彫法も優れている。春日造りの屋根は切妻造。左右に反りあがる照り屋根、妻入りに向拝がついている。この4殿は市の文化財に指定されている。(以上は神社由緒書による)
 銅製擬宝珠と銅製釣灯籠
豊臣秀ョの寄進。擬宝珠は、桃山時代の傑作で、高さ36.5cmあり、慶長7年(1602)に社殿造営に伴って社前の潔川に架けられた木造の行合橋に用いられたもの。釣灯籠は、六角形で高さ48.5cmあり、火袋は上中下の三区に分かれ、藤文様、唐草文、の透かし、そして下区は腰羽目になっている。いずれも市の文化財指定。
 境内の石造物
 多くの石造物があるが、古い石造物としては、若宮社前に慶安2年(1649)の灯籠が一対ある。拝殿の北西、鶏鳴殿西前面に「寛文戊酉九年」(1669)銘の灯籠が一対。また、本殿前に宝暦9年(1759)銘の灯籠一対がある。独特なものとしては、明治40年、三条実美による「官弊大社枚岡神社」の社標があり、拝殿前に弘化3年(1846)に献納された神鹿像がある。上社務所の手水鉢は宝永8年(1711)、ユニークなキリシタン灯籠の残骸もある。
 
 枚岡神社の神事
 1 注連縄掛神事
 天の岩屋戸神話に基づく、年末の予祝行事。その年のいやな出来事を笑い飛ばして新年の幸運を願う「注連縄掛神事」。この神事は、新しい注連縄の下で宮司や氏子総代らが「ワッハッハッ」と高笑いするという、約700年前から続くユニークな行事。「笑いの神事」の別名でも 知られ、市の無形民俗文化財に指定されている。
 2 粥占神事
 年始めに社殿の左側に神饌所(御窯殿)がありそこで、古式ゆかしい作法で『粥占神事』が行なわれる。神事そのものは非公開。『粥占神事』は、小豆3升、米5升の小豆粥を竈(かまど)で炊く、竈の火を起こすのは古式に習って火鑚杵(ひきりきね)である。粥の中に長さ15pの占竹53本を束にして沈めて、竹筒に詰まった粥の量で53種類の農作物の豊凶を占う。また、竈の中に12本の占木(黒樫の丸棒、長さ13p)を入れ、その木の焼け具合によりその年の晴雨、風を占う。これをその年15日の小正月に行われる『粥占奉賽祭』に占記として頒布される。


 3 秋郷祭
 東大阪、いや大阪府下にもその豪壮と賑やかさで知れ渡っている秋郷祭には各地域から太鼓台が宮入する。この神事は収穫の喜びを共に祝い、神様に報告する大切な神事。
  かおりの風景100選
 環境省が平成13年、日本全国の素晴らしい風景の中から、豊かなかおりとその源となる自然や文化・生活を一体として将来に残し、伝えていくため、”かおり風景”を選びました。そのる素晴らしい「かおりの風景100選」に選ばれたのが枚岡神社の社叢です。
 理由として、枚岡神社は古くから「河内国一の宮」と崇められてきた古社で、生駒山西麓のうっそうたる森にしずまる境内には楠、桜、杉、小賀玉(おがたま)などの古木が多く、拝殿そばにビャクシンの大きな切り株が残され、様々な樹木のかおりが楽しめる。また、本殿南側の斜面は有名な梅の名所となっており梅の開花時期には多くの人々がかおりを楽しむ。枚岡梅林は、もと神宮寺のあったところで廃寺になった後、近在の人々が梅を植えたのがはじまりという。1月の「粥占(かゆうら)神事」、12月の「注連縄掛(しめかけ)神事」は古式を残す。10月の秋祭には、20台の太鼓台が宮入りするなど、地域の生活に密着した行事が数多く行われている。そして、かおりの源として、 梅、楠、杉等の樹木及び草花をあげられた。
 (スケッチは山田 修さんの作品)

   近鉄 奈良線 枚岡駅 大きな道標あり


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